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佐賀地方裁判所 昭和30年(行)7号 判決 1956年9月01日

原告 高尾正義 外四名

被告 鳥栖市選挙管理委員会委員長

主文

鳥栖市選挙管理委員会が昭和三十年十二月五日原告等に対し、鳥選第三六〇号「異議申立に対する決定について」と題してなした決定を取消す。

同選挙管理委員会が同年九月十五日現在により調製した基本選挙人名簿中別表掲記の松田波次郎外三十八名に対する登録を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として

一、原告等はいずれも昭和三十年九月十五日まで、引続き三カ月以来、佐賀県三養基郡基山町に住所を有し、同町選挙管理委員会が右同日現在により調製した基本選挙人名簿に登録されている選挙人である。

二、別表記載の松田波次郎外三十八名は、いずれも昭和三十年九月十五日まで引続き三カ月以来前記基山町に住所を有するものである。即ち(一)松田波次郎、同ケイ、同八二、同司子、同八千代、松田良市、同シズエ、同良嗣、磯野キヲ、同好子、同政敏は同町大字長野字会田一、〇九四番地に、(二)有吉アキ、同富士人、同静香、同ミサキは同所七八八番地のイに、(三)松尾貞雄、同千代子は同所七七九番地の四に、(四)寺崎亀一、同ヨシエ、田中良治、同スナは同所七七九番地の三に、(五)寺崎福三郎、同ヨシ、同シヅ子、同烝は同所七八〇番地の三に、(六)原政三郎、同マサエ、同タマは同所七七四番地の一に、(七)寺崎定夫、同イツ子、同六郎、同甚一郎は同所七七七番地の一に、(八)山本千代吉、同オチ、同長一郎、同キヌ子、江頭増雄、同スミエ、同弘人は同所七六六番地の一に、それぞれ居住し、いずれも選挙資格を有するものである。

三、然るに鳥栖市選挙管理委員会は、同年九月十五日現在により、基本選挙人名簿を調製するに当り、不当にも、基山町に住所を有する前示松田波次郎外三十八名が鳥栖市田代町大字柚比今町に住所を有するものの如く装いその名簿に登録して了つた。

四、そこで原告等は右基本選挙人名簿に誤載ありと認め、その縦覧期間内である同年十一月十二日同選挙管理委員会に対し、異議申立をしたところ同委員会は同年十二月五日、右異議申立は公職選挙法第二十三条第一項の規定による当該選挙管理委員会になされたものと認められないとの理由により、これを受理しない旨の決定をなし、原告等は翌六日、同年十二月五日附鳥選第三六〇号を以てそれぞれ右同旨の通知書の送達をうけた。

五、然しながら、公職選挙法第二十三条第一項の「選挙人」とは苟も、当該基本選挙人名簿に脱漏又は誤載があつたために、これに利害関係を有する凡ての選挙人と解すべきもので、広く選挙権を有するもの又は選挙権を有すると主張するものの意に解するのが相当であるから、原告等は同法第二十三条第一項の異議申立人たる適格を有する。従つて鳥栖市選挙管理委員会がなした右異議決定は違法であるから、原告等は被告に対し、右異議決定並に前記選挙人名簿登録の各取消を求めるため本訴に及んだと述べ、

被告訴訟代理人の本案前の抗弁に対し

基山町と鳥栖市間の境界問題については、両者間に何等異論なく、鳥栖市長においても又佐賀地方法務局においても、松田波次郎外三十八名の住所が基山町大字長野字会田に位置していることは等しく確認しおるのみならず、その境界は現場においても整然として明瞭である。

然るに、被告は、その境界について争つているのであるが、もとより被告個人の争は、地方自治団体相互間の境界に関する争論ではないのであつて、地方自治法第九条の適用をうけるべき場合でないことは勿論である。よつて被告の本案前の抗弁は理由がないと述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は本案前の抗弁として原告等の本訴請求中選挙人名簿登録抹消の訴を却下するとの判決を求め、その理由として、

一、原告等は鳥栖市選挙管理委員会のなした原告等の異議申立を受理しない旨の決定に対し、同選挙管理委員会委員長を被告として本訴を提起したのであるから、本訴においては右決定の当否のみが争われなければならない。然るに原告等は委員長である被告に対し、同選挙管理委員会のなすべき登録の抹消行為を求めるものであるから原告等の右請求は不適法である。

二、次に本訴において、原告等が基山町会田部落の住民であると主張する松田波次郎外三十八名の居住地域は数十年来鳥栖市(昭和二十九年四月鳥栖市と田代町の合併前は旧田代町)の行政区域今町部として取扱われ来つたもので、基山町との区域は確定していないのである。そもそも市町村の区域は市町村所有地のみでなく、市町村内の国有地、公有地、民有地の一切に及び、単なる民有地の所有関係のみを基準とすべきではない。殊に地方公共団体相互間の境界を前提とした住民の所属認定につき、一住民に過ぎない原告等が地方自治法第九条所定の手続を経ないで、本訴によつて鳥栖市選挙管理委員会がなした前記松田波次郎外三十八名に対する基本選挙人名簿の登録が違法であるとしてその当否を争うことはできないというべきである。叙上の理由により原告等の選挙人名簿登録抹消の請求は不適法として却下すべきものである、と述べ、

本案につき、原告等の各請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として、

原告の主張事実中、一の事実、二の事実のうち、基山町大字長野字会田部落が基山町の区域に属すること、及び四の事実は認める、その余の事実は否認する。即ち、

一、公職選挙法第二十三条第一項の「選挙人」とは、当該基本選挙人名簿の調製区域に住所を有する選挙人の意である。然るに原告等は、鳥栖市選挙管理委員会の基本選挙人名簿調製区域である鳥栖市の選挙人ではないから、同選挙管理委員会が調製した基本選挙人名簿の脱漏又は誤載について、異議申立の権利はないというべきで、同選挙管理委員会は右理由に基き原告等が、同法第二十三条第一項の異議申立人としての適格を欠くものとして、その申立を受理しない旨の決定をなしたものであるから右決定は正当である。

二、次に、松田波次郎外三十八名は、鳥栖市田代町大字柚比字今町に住所を有し、選挙権の行使、市民税の負担、児童の通学、物資の配給その他、公私に亘りその生活一切を永年の間鳥栖市市民としてなして来たものである。従つて同市は、昭和二十七年七月一日住民登録法施行後直ちに、同人等に対する住民票を作製したものであつて、同市選挙管理委員会は以上の事実に徴し、昭和三十年度においても基本選挙人名簿の調製にあたり、これに同人等を登録したものであるから、右登録は何ら違法不当のものではないと述べた。

(立証省略)

理由

第一、被告の本案前の抗弁についての判断

被告が第一に主張するところは、要するに、公職選挙法第二十四条の訴は、異議申立の決定に対する不服のみを申立てうるのであつて、更に進んで異議の本案について審理を求めることは出来ないし、又原告等は本来選挙管理委員会の権限に属する基本選挙人名簿登録の抹消という作為を、その権限のない被告に対し求めるものであるから不適法であると云うに帰着する。

併し乍ら同条の訴は、選挙の基本である選挙人名簿について脱漏又は誤載がある場合にはその修正を宣言し、以て名簿の正確を図る為の訴訟であるから、右訴で争いうる事項は、単に異議申立の決定の当否のみに限定されず、同時に異議の本案である名簿の脱漏又は誤載の有無についても争いうることは明らかである。而して原告等の選挙人名簿登録抹消の訴は、結局、鳥栖市選挙管理委員会がなした選挙人名簿登録の一部取消の意味における処分変更を求める趣旨で、行政庁に対し一定の作為を求める訴とは解されず又同条は不服の訴について、処分をした選挙管理委員会という合議体の代表者である委員長を特に被告と定めたにすぎないのであるから、同委員長を被告として基本選挙人名簿登録の取消を求め得ることは当然で何ら不適法ではない。

次に被告は、鳥栖市及び基山町間の境界には争があるため、選挙人名簿登録取消の対象者である松田波次郎外三十八名の住所は、その何れに属するか不明である。従つて地方自治法第九条所定の手続を経て、両者の境界が確定するのを俟つて、右登録の取消を求めるべきであると主張するのであるが、選挙人名簿登録取消の前提として、松田波次郎外三十八名の各住居が、鳥栖市及び基山町のいずれに属するかを審査できるのは当然であつて、確定判決におけるその判断は鳥栖市及び基山町を拘束するものでもないから、地方自治法所定の手続による境界の確定をまつて始めてこれを審査し、然る後登録取消の当否を判断すべきものであるということはできない。

よつて被告の本案前の抗弁はいずれもその理由がない。

第二、本案についての判断

原告等がいずれも昭和三十年九月十五日迄引続き三カ月以来佐賀県三養基郡基山町に住所を有し、同町選挙管理委員会が右同日現在により調製した基本選挙人名簿に登録されている選挙人であること、鳥栖市選挙管理委員会は右同日現在により調製した基本選挙人名簿に別表記載の松田波次郎外三十八名を登録したこと、及び原告等が連名で右選挙人名簿の縦覧期間内である同年十一月十二日文書を以て同市選挙管理委員会に対し、松田波次郎外三十八名は基山町の住民であるから前記登録は誤載である旨異議申立をしたところ、同選挙管理委員会は同年十二月五日附鳥選第三六〇号を以て、右異議は「公職選挙法第二十三条第一項の規定による当該選挙管理委員会になされたものと認められない」として受理しない旨決定し、原告等はいずれも翌六日右同旨の通知書の送達をうけたこと、については当事者間に争のないところである。

そこで先ず右異議決定に対する取消請求について判断する。

公職選挙法第二十三条第一項は「選挙人は基本選挙人名簿に脱漏又は誤載があると認めるときは、縦覧期間内に、文書で当該市町村の選挙管理委員会に異議の申立をすることができる。」と規定するので、一見して「選挙人」を被告主張のとおり、当該基本選挙人名簿の調製区域に属する選挙人の意味に解する余地があり又かく解する説もないではないが、同条項にいう「選挙人」とは広く一般選挙人を指称するものと解する。

蓋し同法が基本選挙人名簿縦覧の制度を設けその結果発見される名簿の脱漏又は誤載につき修正の申立権を「選挙人」に与えた趣旨は、名簿登録が選挙権行使の要件であり、且つ選挙が一定の選挙区に属する選挙人が協同して行う集合的行為であり、その結果は選挙区を単位として表われるものであるため、当該選挙区の各「選挙人」はそれぞれ自己の登録について利害を有するに止らず、選挙有資格者である他人の登録についても相互に利害関係をもつと考えた結果に外ならないから同条項の「選挙人」とは一先づ同一選挙区内に属する選挙人一般と解するのが合理的である。

仮に之を当該市町村選挙管理委員会の基本選挙人名簿調製区域に属する選挙人の意味に解すれば、自己の名簿脱漏の修正を求める選挙人については、当然のことであつても、そうでない場合には狭きに失する(特に同法第二十条第六項のように、同一市町村の区域を分けて数投票区を設けた場合には、その投票区ごとに基本選挙人名簿が調製されるが、この場合には同一市町村の住民でありながら調製区域を異にするだけの理由で、他の名簿の修正を申立てることができなくなる)というよりほかはなく、或は之を同一市町村内の選挙人と解しても結果は同一であるといわなければならない。併し乍ら右の同一選挙区所属という要件も従来の各選挙法が現行公職選挙法に一本化されたのに伴い、名簿についても特別の定ある場合を除き各選挙を通じて一つの基本選挙人名簿及び補充選挙人名簿を作成することに改められたことと、参議院議員全国区選挙のように全国一選挙区の選挙制度が認められていることから地方区選挙では選挙区を異にする選挙人ではあつても全国区選挙では選挙区を同一とするから名簿修正争訟の対象となる名簿登録が選挙別に区分できない以上実際上無意味のものとなつており選挙区の広いものを標準として争訟権者の範囲を定めるほかはない。

よつて前同条項の「選挙人」とは、広く一般選挙人と解するのが相当である。

従つて原告等は同法第二十三条第一項にいわゆる「選挙人」として適法なる異議申立権者であり選挙管理委員会の決定に不服がある場合は更に同法第二十四条第一項により出訴することができるものと解する。

然るにこれと異なり、原告等が当該名簿の調製義務者である鳥栖市選挙管理委員会の所管区域に属する選挙人でないことを理由としてその異議を受付けない旨決定した、同選挙管理委員会の処分は同条項の解釈を誤つた違法があるというべきで、之が取消を求める原告等の本訴請求は正当として認容する。

次に異議の本案について判断する。

原告等は、松田波次郎外三十八名の住所が、基山町の区域にあり同町と鳥栖市間の境界は両者間に何ら争がないと主張するのに対し、被告は右の者等の住所は鳥栖市の区域にあり、同市と基山町間の境界は確定していないと争うので松田波次郎外三十八名の者等の住所が果していずれの区域にあるかを検討する。

成立に争のない甲第一号証、第二号証の一乃至七及び九、第三号証の一乃至十一、第五号証第七、第八号証の各一、二第十八号証、第十九号証の一乃至五、外観上公文書と認められるを以て真正に成立したと推定される甲第四号証の一乃至十三、第十号証の一、二、第十四号証、証人天本竜之助、寺崎弥造、原憲治の各証言に照し夫々真正に成立したと認められる甲第十一乃至第十三号証、第十五乃至第十七号証、第二十号証、並びに成立に争のない乙第四乃至第七号証、第九、第十一、第十二、第十四、第十六、第十八、第二十一、第二十二、第二十六、第二十七各号証及び証人原憲治、真崎長年、天本竜之助、松田波次郎、重松伊之吉、天本兵吉、松田孫四郎、白水佐一郎の各証言と検証の結果とを綜合すれば、次の事実が認められる。

一、昭和三十年九月十五日現在において、松田波次郎、松田良市、磯野キヲ、有吉アキ、松尾貞雄、寺崎亀一、田中良治、寺崎福三郎、原政三郎、寺崎定夫、山本千代吉、江頭増雄の各居住家屋の位置は別紙絵図面記載のとおりである。而して松田ケイ、八二、司子、八千代は松田波次郎と、松田シズエ、良嗣は松田良市と、磯野好子、政敏は磯野キヲと、有吉富士人、静香、ミサキは有吉アキと、松尾千代子は松尾貞雄と、寺崎ヨシエは寺崎亀一と、田中スナは田中良治と、寺崎ヨシ、シヅ子、烝は寺崎福三郎と、原マサエ、タマは原政三郎と、寺崎イツ子、六郎、甚一郎は寺崎定夫と、山本オチ、長一郎、キヌ子は山本千代吉と、江頭スミエ、弘人は江頭増雄と、それぞれ同一世帯にある者で、松田良市及びその家族は松田波次郎及びその家族と同居し、磯野キヲ及びその家族は、松田波次郎方を、田中良治及びその家族は寺崎亀一方を、江頭増雄及びその家族は山本千代吉方を、間借し、有吉アキ及びその家族は占野謹吾の住家を賃借しているものである。

松田波次郎、占野謹吾、松尾貞雄、寺崎亀一、寺崎福三郎、寺崎定夫、山本千代吉、原政三郎の現住居である各家屋の所在地は、家屋台帳上順次基山町大字長野字久保田一〇九四番地、同町大字長野字会田七八八番地のイ、同所七七九番地の四、同所七七九番地の三、同所七八〇番地の三、同所七六六番地の一、同所七六六番地の一であり、右山本千代吉を除く松田波次郎、占野謹吾、原政三郎、寺崎亀一、同福三郎、同定夫の六名は、もと三養基郡田代町今町に居住していたが、後に前記現住地に移転したものであり、同人等の住所は地理上、地形上、右田代町今町と一連の村落となつて隣接し、基山町民の住所から離れており、その外観は一見今町の一部のように思われる。

併し乍ら前掲各証拠及び検証の結果を仔細に検討して見ると(イ)松田波次郎の居住家屋の所在地は別紙絵図面掲記の旧国道と右家屋の前面の道路の交叉点より北側に位置し右前面道路の南側は旧田代町今町(昭和二十九年四月一日鳥栖市と合併後は鳥栖市田代町大字柚比今町)北側は基山町大字長野字久保田に属し(ロ)有吉アキの居住家屋(以前は所有者占野謹吾が居住していたが同人転出後は有吉アキが賃借している)は旧国道に面しその左右の道路沿の家屋は総て今町部落に属しその一部のような外観を呈しているが右家屋の敷地は昔は山であり基山町の地域に属する山裾が右敷地に於て道路沿迄延びていたものと思われ基山町大字長野字会田の地域に属し(ハ)右以外の松尾貞雄、寺崎亀一、寺崎福三郎、原政三郎、寺崎定夫、山本千代吉、江頭増雄の各居住家屋は右旧国道沿東方及び国道より東に分岐して国鉄鹿児島本線と交叉する道路に沿うて一団となつて散在し一部落を形成しているが乙第二十六号証(鳥栖市全図)中にも右地域が鳥栖市の区域内に属するとの図面上の根拠は見出し難く右地域は明らかに基山町大字長野字会田の地域に属するものと思われる。

而して当裁判所は本事件が元来地方自治団体相互間の境界確定訴訟ではないことと訴訟進行の時間的制約下に於て前記の鳥栖市今町部落と基山町の字久保田及び字会田を総称したいわゆる会田部落との正確な境界線を確定する段階には達していないが少くとも地形上前記の居住者の現住地が基山町の会田部落の地域に属することは動かし難いところであると考える。

ところが前掲記の者等は現住地に移転後においても今町住民同様、これと親しく交際し、物資の配給、児童の通学等は同町に於てなして来たが他方同人等に対する町税特別税戸数割の賦課は基山町に於て取扱つており、同人等は不便を感じていた。

かくて昭和十六年十月二十三日折から太平洋戦争勃発を控えて、徴兵召集事務の処理、農会運営、選挙権の行使の外、前叙租税関係、物資の配給、児童の通学等の事務を円滑にするため、当時の田代町町会議員松田喜造は基山町長天本竜之助に対し、今町より現住所に移転した松田波次郎、占野謹吾、原政三郎、寺崎福三郎、同亀一、同定夫、山本亀太郎(千代吉の先代)の七名を田代町民として取扱うことのできるよう申入れ、その結果前同日、基山町長と田代町長との間に暫定的に基山町区域内に移住して来た前掲七名の今町区民に限り宅地、家屋に対する国税及び附加税は基山町が徴収する、その他一切田代町民として取扱い町民税の賦課、選挙権の行使、配給、学校、兵役、農会等の諸関係は凡て田代町に於てなすその後の移住者については前記のような特別取扱をなさないこととする旨の合意がなされ、右趣旨の覚書が作成された。爾来、両町においては、右覚書に従つて事務を処理して来たのであるが、田代町、鳥栖市の合併直後である昭和二十九年五月頃、基山町長は右覚書を白紙に返し前掲七名に対し、今後基山町住民として一切の権利義務を行使すべきことを明確にした。

その結果、佐賀県選挙管理委員会は、松田波次郎外三十八名の選挙人名簿二重登録を虞れ、これが回避のため本件基本選挙人名簿調製の迫つた昭和三十年八月十日、鳥栖市国鉄寮において鳥栖市及び基山町に対し事情聴取をなしたがその席上、鳥栖市長より同市と基山町との境界は判然としており、前記選挙人等の住所は基山町の区域であると思う旨の発言がなされた。次いで同選挙管理委員会は、同年十月二十九日鳥栖市選挙管理委員会委員長に対し選挙人名簿は選挙人が現に住所を有する市町村で登録すべきで、便宜上住民登録、配給関係等が他の市町村にあつても、これを基準とすべきでないこと等の内容の通牒を発した。

更に佐賀県選挙管理委員会委員長は、昭和三十一年七月四日鳥栖市選挙管理委員会委員長に対し、参議院議員選挙投票事務処理について本件係争中の選挙人は、昭和三十年九月十五日現在において、鳥栖市の区域に住所を有していないと認定されるからこれらの者は本来鳥栖市の基本選挙人名簿に登録される資格を有しないものであり従つて公職選挙法第四十二条第二項の規定によりこれらの者が鳥栖市において投票を行うことはできないものであるとの通牒を発した。

二、昭和三十年九月末に施行された国勢調査に際し、松田八二、同良市、有吉アキ、松尾貞雄、寺崎亀一、田中良治、寺崎福三郎、原政三郎、寺崎定夫、山本千代吉、江頭増雄等は、同年九月二十九日、各戸共老人、子供、農耕器具等を残し或いは売家の札をかかげたりした上、一齊に前掲住所より鳥栖市田代町大字柚比七九一番地の一所在の今町公民館(約十三坪)に自己の表札を掲げて移住したため、右国勢調査に於ては便法として、同人等及びその家族を基山町より転出したものとして取扱い鳥栖市に申告することが認められた。而してその頃鳥栖市において、住所を田代町大字柚比七九一番地又は同番地の一として、同人等及びその家族の外本件登録取消の対象者全員について住民登録をなしたのであるが、その後間もなく現住所に帰住したため、基山町に於ても職権により同人等に対する住民票を作製するに至つたので、佐賀地方法務局長は同年十二月九日鳥栖市長宛、佐賀県三養基郡基山町の区域に住所を有する者で鳥栖市の住民として登録されている松田波次郎、同良市、磯野キヲ、有吉アキ、松尾貞雄、寺崎亀一、田中良治、寺崎定夫、同福三郎、山本千代吉、江頭増雄、原政三郎及びこれと同一世帯にある者の住民票は住民登録法第三条に則りその記載を消除するのが相当と思料する旨の住民登録事務の取扱について勧告を発した。

三、山本千代吉方及び寺崎定夫方西側の公道上に生立していた老松樹数本が昭和十二年頃枯れた際、基山村有財産として同村(基山町の前身)に於て処分した。松尾貞雄は昭和二十八年八月十日現住家屋建築着工届をなすに当りその建築主住所を基山町大字長野原と記載して届出しておるのみでなく、山本千代吉は同年十二月九日、昭和二十九年度粗製しよう脳及しよう脳原油製造割当申請に際し、申請者住所及び製造場所を、佐賀県三養基郡基山町大字長野字会田六九一番地(家屋台帳の地番と相違することが認められるが)と記入しており、右住所及び製造場所をその後変更したことは認められない。

証人海口守三、松田弘道、久保伴作、原政三郎の各証言並びに被告本人の供述中右認定の各事実に反する部分は、たやすく措信することができないし他に右認定を動かすに足る証拠はない。

而して叙上認定の各事実を綜合すれば、前掲松田波次郎外三十八名は、昭和三十年九月十五日現在、基山町の区域である同町大字長野字久保田及び同町大字長野字会田に住所を有する者であることが認められる。

被告は右同町附近における鳥栖市との境界については争があると主張するけれども叙上認定の各事実によれば、元来、基山町と鳥栖市間の境界は明瞭で争はなかつたものであり、それ故に前認定のとおり昭和十六年十月二十三日、覚書が交換されるに至つたとも推測しうるのである。

尤も証人寺崎亀一の証言(第二回)により真正に成立したと認められる乙第二十八号証並びに同証人及び証人有吉アキ、原政三郎、松下貞雄、寺崎ヨシ、同定夫、山本長一郎、田中スナの各証言によれば、同人等が元来田代町の住民でそれぞれ現住地に移転後も長年田代町民として取扱われて来たので今後も従来どおり選挙権の行使その他一切の公法上の行為を田代町民(合併後の鳥栖市民)として取扱われたい旨一致して熱望している事情は十分に認められるけれども、かかる民情を適切に処理し両市町間の規模の適正化を図るためには境界の変更等、自ら他に方途が開かれているのであるから、これによつて決すべきものである。

よつて鳥栖市選挙管理委員会が昭和三十年九月十五日現在により調製した基本選挙人名簿中、前掲松田波次郎外三十八名に対する登録の取消を求める原告等の請求は正当として認容すべきものである。

以上原告等の本訴各請求はいずれも理由があるから之を認容することとし訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩崎光次 田中武一 三枝信義)

(別表省略)

(別紙)<省略>

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